全部記録すると、本音が出なくなる
1on1や面談は、会議とは目的が違います。会議は物事を決める場ですが、1on1は迷っていることや言いにくいことを出してもらう場です。ところが、上司が手元のノートに何かを書き留めるたびに、相手の言葉が短くなっていく。そんな場面はよくあります。書かれている内容が見えないと、人は安全側に寄った話し方をします。
具体的には、こういう変化が起きます。
- 「最近どうですか」に「特に問題ありません」としか返ってこなくなる
- 人間関係の話が出なくなり、業務の進捗報告だけになる
- 異動を考えている、体力的にきつい、といった相談が上がってこなくなる
- 30分の予定が、毎回20分で終わるようになる
記録すること自体が悪いわけではありません。何が残るのか分からないことが問題です。逆に言えば、残す範囲をあらかじめ伝えておけば、記録があっても話は続きます。実際、約束を書き留めて読み合わせる上司のほうが、何も書かない上司より信用されることはよくあります。
残すもの・残さないものの線引き
線引きの基準はひとつで足ります。「次回の面談で、両者が参照する必要があるか」です。「あのとき、こうすると言いましたよね」と確認する対象になるものだけを残します。
残すもの
- 合意した約束(上司側がやること、本人側がやること)
- 次回までの宿題と、その期限
- 本人が希望した配置・研修・業務範囲の変更
- 前回の約束が果たされたかどうかの結果
残さないもの
- 発言の一言一句
- 他の社員への評価や不満として語られた内容
- 家庭の事情、健康状態、金銭的な事情といった私的な話
- その場の様子(言い方がきつかった、言葉に詰まった、など)
私的な事情は、配慮のために共有が要る場合もあります。その場合も、本人に「どこまでを、誰に伝えるか」を確認してから残します。黙って記録して人事に回すのは、信頼を一度で失う行為です。
この線引きには限界もあります。残す内容を絞っても、記録から相手の状態が透けることは避けられません。「業務量の調整を希望」と一行書けば、背景はある程度推測されます。だからこそ、書く量を減らすだけでなく、置き場所と読む人を限定することがセットになります。
録音する場合に、先に伝えること
1on1を録音して記録を作る方法もあります。書く手が止まらないぶん、相手の顔を見て話せるようになります。ただし、会議で録音を始めるとき以上に、事前の説明が要ります。
面談を録音するなら、相手に断ってからにします。1on1では、それに加えて次の3点を先に伝えてください。
- 録音する目的(約束と宿題を残すため)
- 記録を見る人の範囲(上司と本人だけ、など)
- 人事評価の材料には使わないこと
「言いにくい話になったら、そこで止めてくださいと言ってください」と添えておくのも有効です。実際に止められることは多くありませんが、止められると分かっているだけで話し方が変わります。相手が録音を断った場合は録音しません。断ったこと自体を記録に残すのも避けます。
説明は毎回1文で構いません。「前回と同じで、約束の部分だけ記録に残します」と言って始めるだけで、場の性質がはっきりします。
録音の対象から外す場を決めておく
すべての面談を同じ扱いにする必要はありません。目的によっては、録音しないと先に決めておいたほうが機能します。
- 人事評価そのものを伝える面談
- 処分や指導に関わる面談
- 退職の意思を聞く面談
- ハラスメントの相談を受ける場
これらは、記録が後で争いの材料になり得る場です。記録を取るなという意味ではありません。録音という形にすると相手が構え、聞き出すべきことが聞けなくなる可能性が高い、という判断です。評価面談は、評価そのものを書面で渡し、面談では口頭の補足に徹する形のほうが噛み合います。
会社としてどこまで記録を残してよいかは、就業規則や労使の取り決めにも関わります。運用を始める前に、人事の担当者と記録の範囲をすり合わせておいてください。
逆に、育成目的の定例1on1やキャリアの相談は、記録に向いています。約束が積み重なる場であり、半年後に振り返る価値があるからです。まずはこの範囲から始めるのが安全です。
記録は3行から5行で足りる
残すものを絞ると、記録は驚くほど短くなります。1回あたり3行から5行で足ります。たとえば、こういう形です。
- 決めたこと:来月から見積書の作成を本人が担当する。上司は最初の2件を一緒に確認する。
- 本人の宿題:受けたい資格の試験日程を、来週金曜までに調べて共有する。
- 上司の宿題:担当変更の件を、今週中に課長へ伝える。
- 次回:10月14日 15時
誰が読んでも同じ意味に取れる書き方にします。「前向きに検討」「様子を見る」は、次回に確認できないので約束になりません。「いつ、誰が、何をするか」に言い換えてから書きます。言い換えられないものは、まだ合意していないということです。
この言い換えは、その場でやるのが早道です。「資格の件、前向きに考えます」と言われたら、「では、試験日程を来週金曜までに調べてもらう、でよいですか」と返して、返事を待ってから書きます。ここで相手が「もう少し考えたい」と答えるなら、それは約束ではなく保留です。保留のまま書いておけば、次回に蒸し返しても角が立ちません。
書いた内容は、その場で相手に見せます。読み合わせに30秒かければ、認識のずれはほとんどそこで消えます。「これで合っていますか」と聞いたときに相手が黙るなら、合意できていません。
次回の冒頭で開く運用にする
1on1の記録が意味を持つのは、次回の冒頭で開いたときです。開かない記録は、書いた時間が丸ごと無駄になります。
- 面談の冒頭で前回の記録を開く
- 上司側の宿題から先に結果を報告する
- 果たせなかった約束は、理由と新しい期限を書き直す
- できていないことを、責める材料として使わない
上司の宿題から報告する、という順番が効きます。約束を守る側が先に手本を示す形になり、本人の側も報告しやすくなります。上司の宿題が3回続けて未着手なら、記録の仕組み以前の問題です。
保管場所も決めておきます。個人のノートやメールの下書きに散らばると、異動のときに引き継げません。本人と上司が見られる場所に、面談ごとに1ファイルで置くのが扱いやすい形です。人事評価の資料とは、置き場所を分けます。
HANALOGを使う場合も、下書きを丸ごと保管するのではなく、交わした約束にあたる行だけを抜き出して残す形にします。話し言葉のまま起きた下書きには面談の空気まで写るので、置き場所を分けたほうが安全です。
記録しないと決める判断
ここまでの工程を道具に任せると、手元に残るのは書く作業ではなく、書かないと決める作業になります。自動で起こした下書きには、その場で出た言葉がほぼそのまま並びます。減らすのは人の側の仕事です。
ひとつめは、本人が勢いで口にした他の社員への不満です。その場では受け止める必要がありますが、文字にして残すと、後から読む人には告発の記録に見えます。聞いた内容を踏まえて上司が動くことと、発言を記録に残すことは切り分けてください。動くのであれば、記録には「担当の割り振りを来月見直す」という結果の形だけを置きます。
ふたつめは、体調や家庭の事情です。配慮のために誰かへ伝える必要があるなら、伝える相手と範囲を本人に確認してから書きます。確認が取れていないうちは、下書きから落としておくほうが安全です。覚えておく先は、記録ではなく上司の頭の中で足ります。
みっつめは、言い淀みと沈黙の扱いです。下書きには、途中で言い換えた跡や、繰り返した語がそのまま残ります。整えずに保存すると、約束の記録ではなく話し方の記録になってしまいます。約束だけを抜き出す作業には、この整形も含まれると考えてください。
残すと決めた部分にも、そのまま信用できない行が混じります。1on1でいえば、「異動を考えている」が「移動を考えている」と書き取られて意味だけが入れ替わる、「9月14日」が「9月4日」に縮んで期限がずれる、といった取り違えが起こります。読み合わせに入る前に、日付と人の名前の二か所は目で追ってください。
記録の道具を入れても、面談の質そのものは上がりません。上がるのは、交わした約束が消えない確率です。話を引き出すのも、約束を守るのも、人の仕事のままです。裏を返せば、そこに集中するために、書き取りの手間を減らす価値があります。
どの面談を記録の対象にするかは、職場の関係性によって変わります。まずは育成目的の定例1on1を1か月ぶん、決めたことと宿題だけを残す形で回してください。3回目の面談で、前回の記録を開いたときに違いが出ます。
面談の約束が、次回まで残る形にする。
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